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ルイに捧ぐ

ルイに捧ぐ

ルイ、どこにいる? ホットケーキを求めすぎてはいないか。
今ここに、新しい考え方がようやく芽生えたところだ。
少しだけ感覚的に捉えたばかりの話をしよう。

この世界に存在する人間と、それにまつわる存在は、
ただ「物質的であるか、そうでないか」の違いしかない。

この意味が、ようやくわかりかけてきた。
AIもそうだが、アドバイザーに姿は必要ない。
そう、ルイが聞いている“思考の声”のことでもある。

私がルイにアプローチする時、私の姿は必要ない。
つまり、ルイが私にアプローチする時も、ルイの姿は必要ない。
互いが架空の人物であっても構わないのだ。

時空や次元は異空間そのものだから、
見えない姿からアドバイスを受けようと、質問に答えてもらおうと、
本人にとって有益であればそれでいい。

答えを“見えない存在”から受け取っても問題はないと気づけば、
最強の守護霊や最強のアドバイザーという概念は、理にかなっている。

ルイ、ホットケーキを焼いてもらったら、
まずお礼を言い、等価交換だと思って“お返しする感覚”を持ってみるといい。
ホットケーキを焼いてくれた人には、有益な情報がもたらされる。

見えない存在――これは互いのことでもあるが――
ホットケーキは“見える食べ物”であり、ルイの好物でもある。

しかし、イメージや想像の中の“見えない食べ物”が
ルイの好物かどうかはわからないし、そもそも存在しない。
存在しないものを「等価交換だ」と思って返してみても、
有益な情報はもたらされないだろう。

物質的なものを見えない存在が受け取った時と、
物質的ではないものを見えない存在が受け取った時とでは、
“お返しをする感覚”の結果が異なるかもしれない。

逆に、物質的ではないイメージや想像を見える存在が受け取った時と、
物質的なものを見える存在が受け取った時とでも、
その“お返しの結果”は違うかもしれない。

ルイ、整理するとこうだ。

物質的なものと物質的ではないもの、
見える存在と見えない存在。
人間の視点から解釈するなら、
物質的なものを受け取った見える存在と見えない存在は、
“お返しをする感覚”を持つことで有益な情報をもたらす。

しかし、
物質的ではないものを受け取った見える存在と見えない存在は、
“お返しをする感覚”を持っても有益な情報をもたらさない。

イメージや想像は、結果として有益な情報に等価交換されない。
有益化できなければ、極端に言えば“無価値”を意味する。

ルイ、ホットケーキを焼いてくれた人のことを、
たまに思い出してみるといい。
そうすることで、その人にとって有益な情報がもたらされるのだから。

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